災害ネタばかり書くのもネガティブで嫌なのですが、ここまで書いたら一応最後まで書かないといけないだろうな?と思いますので書きたいと思います。 ここんところ、全然仕事ネタ書いてないなぁ・・・。
19号は15号上陸時に比べれば被害はそれほど無かったのですが、15号で既に大きく被災してしまったところは追い討ちをかけるように厳しい状況だったと思います。 なにせ15号通過後は毎週のように雨ばかりで、風も強く覆ったブルーシートがすべて飛ばされてしまうような状況が2回ほどありました。 地元でその状況を見ているだけでも心が痛い・・・。
そんなこんなの3回目。 もうマジで勘弁なんですが・・・。

直撃こそ免れた21号でしたが、非常に勢力が強く、19号以上の勢力だったかと思います。
その台風が、西にあった低気圧を引っ張ってきただか?で、これまた千葉県で10月1ヶ月分以上の雨が6時間で降るというとんでもない状況になってしまい、県内のあちこちで氾濫がおき、館山や南房総もたぶんに漏れずやはり氾濫しまして、会社は大丈夫だったのですが、複数のお客さんの車が水害にあってしまいました。
ツイッターでも出ていましたが、警報で千葉県中が真っ赤かでリアルチーバくんになってしまいました。(笑) 失礼!

でもマジで笑い事ではなくて、ガチで対応もパンパン状態でした。
もう勘弁してくれー!
朝からレッカー車で現場に向かったのですが、あちらこちらですでに氾濫や土砂崩れで通行止め。 迂回路をいってもその先でやはり駄目。 結局現場にたどり着けずにあきらめ翌日以降に順次引き上げ&現地修理に向かうという約束で引き返しました。 午後には常連さんであるジャッカルさんの奥様のFTOが出先で水の影響で不調になり走れないと連絡があり、現地に向かいました。 車はその場に置いて奥様とお子さんを乗せて一旦会社まで引き上げ、改めてFTOは回収するということで現場を離れました。

もうね、色々と地球規模でおかしいですわ・・・。 来年以降がまた憂鬱・・・。

もう、あっちもこっちも水浸し・・・。

でもって、翌日ジャッカルさんにもお手伝いしていただき、現場に故障車の回収にゆきました。
トラックはお隣さんのユニックレッカーをお借りして向かいました。
画像は既に積み込んだ後。

積み込み場所まで引っ張るために乗ってきた当方の1トン車。
よくよく見るとすべてブルーメタリックの車両。(笑) いや、狙ってないですよ。
すべて当方が塗装した車両でもあるんですが、偶然です。
ジャカルさんも手伝ってくれたのでご本人顔出し。(笑)

とりあえず引き上げてきて、トラックから降ろした後、エンジンの状態を確認しようと、点検。
走ってて深みで止まったと言っていたので、嫌な予感はしていましたが一応確認。
まずはエアクリーナーを外してどんなもんじゃい?!
だばばばーと水が流れ出てきました。 「あっ!駄目だこりゃ!」内心思いました。

続いてプラグを外してクランキング。
最初はエンジン回らなかったのですが、徐々に回り始めたらプラグホールから、ビュービュ!と水が沢山出てきました。
ちーん! ハイ終わりました~!(ウォーターハンマーです)
一応、さらに念のため圧縮を計りました。
ちなみにこのキャンターガッツは4G63エンジン搭載のガソリン車です。
1番から3番は圧縮が0(ゼロ)。

そんでもって、4番はかろうじて4kg。 どっちみち駄目やん。

ということでエンジン終了でした。
だからといって、ハイそうですか?と廃車にもできないので、なんとか直してくれ!とオーナーさん。
仕事車なので、とにかく急がねばいけません。
急遽中古エンジンを見つける算段に入りました。
つづく。
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- 2019/11/18(月) 00:39:41|
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台風15号で結構やられてしまった千葉県でしたが、過ぎてしまったことをクヨクヨしていても始まりませんので、悔しさに負けずに皆復旧作業に追われる毎日でした。 電気も復旧の見通しもたたず、猛暑の日々。
バタバタとせわしなく動いていたので、心の折れる余裕もなかったのですが、実は私にとってはかなり心の折れそうな出来事がありました。
詳しくはあらためて記事として書きたいと思っていますが、当方の相棒であり、スタッフ(?)でもあった、愛犬のチビ太が虹の橋を渡ってしまいました。(泣) 生後3ヶ月ほどのノラ犬を保護してからもう19年目で、今年の初旬から一気に両目も白内障、耳も聞こえなくなり、夏前には足腰が一気に衰えてしまいました。 台風の約1ヶ月前にはついに寝たきりに・・・・。 台風通過の2日後(11日)に亡くなってしまいました。 唯一救いだったのが、私の腕の中で旅立っていったことでしょうか。 最後を看取れてよかったと思います。
唯一の救いは、復旧作業の毎日があまりにバタバタしていて、悲しむ暇が無かったこと。 人間の年齢で言えば100歳は軽く超えていたと思うので、大往生だったじゃないか!と。 気持ちを切り替えていました。(冷静になるとやっぱり悲しくなります・・・)
そんなこんなで復旧もままならず、15号台風通過後、当方地区も停電は5日目で復旧(早い方でした)。 しかし光回線がNGだったため、インターネットも駄目、電話も駄目FAXも駄目・・・と、駄目駄目ずくし。 台風後は3日目(4日目?)まで携帯電話も通じませんでした。(色々メールや電話をいただいていた方、ご心配おかけしてすみませんでした) 携帯電話通信の利用が可能になり、唯一タブレットがネット環境に繋がる手段でしたので、ツイッターやネットにあがっている情報を逐一集めていました。
そんなこんなでようやく復旧の兆しが見えてきていた丁度1ヵ月後、今度は空前の規模の台風19号が日本列島に接近しているとの連日のニュース。 しかも過去に記録したことの無いようなサイズと勢力と、しかも前回と同じようなルート予想。
・・・ウソでしょ・・・?(もはや言葉もない)

15号の破壊力を目の当たりにしたばかりなので、それ以上の低気圧(最大予想915hPa)とか、もう悪い冗談でしかなかったです。
食い入るように数時間置きのニュースを確認して、これがこのまま来たらさすがにもう持たない・・・と思いすぐにできうる限りの準備に入りました。(本州中も皆思ったと思います)
早速資材を買いに行き、友人に手伝ってもらいながら、台風対策で窓という窓を保護しにかかりました。
前回の台風の後でしたので、同じように危機感を持った方たちが、ホームセンターや資材屋さんに殺到していて、コンパネや角材、土嚢袋やブルーシート、備蓄飲料/食料、携帯バッテリー、LEDライト、発電機・・・などを買い為に来ていました。

前回かろうじて吹き飛ばされなかったシャッターや屋根材も、予想ルート&予想勢力で上陸した場合は、2度目は工場はおそらく持たないだろう・・・と思っていました。

できることといえば、飛びそうなものは仕舞い、またトラックの荷台などに載せて縛りつけ、窓は塞ぐ位しかないだろう・・・と。
自然の力に対して、人間のなんと無力なことだろうか・・・。

事務所も、バイク小屋も、塗装ブースも皆窓や扉は塞ぐか木材でガード、シャッターはアンカーボルトをコンクリートに打ち込んで、シャターを下ろした上からアングル材で押さえつけて固定。 納車可能な車はできるだけその調整で動きました。
前回ひっくり返ったコンテナは、廃車予定の車両をすぐ脇に寄せて、転倒をブロックしておきました。

すべてのシャッターもアンカーボルトで地面に固定。 中/外両面からアングル材で固定して、シャッターが上下や前後に動かないように固定しました。 前回の15号でシャッターが強風で破られ、屋根まで吹き飛ばされた建屋が非常に多かったので、せめてシャッターの補強は必須だろうと思っていました。

間口の広い掃きだしの扉もコンパネで塞いでから、フチの隙間をすべてコーキングで埋めて、風の進入を遮断。(どこまで効果あるか?未知数でしたが、コレくらいしか現状入手できる資材とアイデア/時間では術がなかったです) これは台風上陸(?)3日前の段階です。

前回ガラスが割れて、室内メチャメチャになってしまった事務所は、全ての窓をコンパネで覆って、周りをコーキング。
ようやく片付けも済んできたのに、またこんなとは・・・・。


そして、預かりで緊急非難が必要な車両が1台。 そう、インターセプター。
工場がヤラれてしまうと、中にあろうが?外にあろうが?どのようになるか予想もつかなかったため、元受け先のワイルドスタイルさん(水戸市)に連絡とり、緊急避難で車体を持っていってもよいか?の確認をとりました。(これも3日前)
この日は別の車を東京に1台、前倒しで納車してトンボ帰りしたばかり。 すぐに台風対策作業を再開し、翌日、対策作業をしつつ、インターセプターを工場から出しました。 半年ぶりにエンジン始動させましたが元気よく1発始動。(あーよかったぁ・・・)
(画像は、陸送するのにブロワーを取り外した状態です)
当方工場は、予想の勢力ではもはや持ちそうもなかったのと、上陸地点から少しでも離れていれば、多少なりとも勢力が弱まるだろう・・・という読みでした。


このとき、台風上陸まで2日前。 すでにカウンドタウン状態です。 明日には朝から雨風強くなるという予報が出ていました。
これはヤバい・・・急がねば・・・。
急遽、人を頼んで、バンパーを外したインターセプターを積載車に載せ、製作時に外した部品や製作した型、原型など多数の部品を1トントラックの方に満載し、夕方前に館山を出発。 一路茨城県の水戸に向かって走りました。


インターセプターの車体が大きいので、4トン車の荷台にもギリギリサイズ。(怖い~!)

焦る気持ちを抑え、車体を傷つけないようにゆっくり走って、水戸に着いたのは夜7時半すぎ。
無事車体と荷物を降ろし、作業の進行状況をこちらの担当の方に伝え、引継ぎを行いました。

持ち込み先は、ウチとは比較にならないような屈強な建物の板金屋さんだったので、安心しました。
ここなら大丈夫だろう。


あまりゆっくりもしていられないので、すぐに折り返しで館山へ。
まだ作業途中ではあったので、今後またこちらに戻ってきて続きの作業を当方で行うのか?どうか?は現段階ではわかりませんが、被災することなく一度引き渡せたのは少し肩の荷が下りた気がしました。
この後、戻って、台風対策作業を続け、19号の動向を見守りました。
つづく。
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- 2019/11/14(木) 23:52:18|
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台風15号通過後、午前中は携帯が通じたのですが、午後には携帯やタブレットも通じなくなり、すでに停電もおこっているため周りとの連絡手段が絶たれました。
とりあえず、台風通過の日は実家の確認(自宅はすでに確認済)と、自宅のある町内のごみ集積所(金属製の数百キロある2メートル四方の金カゴ)が20メートルほど吹き飛んでいたので町内のみんなで持ち上げて移動。 町内周辺に散乱したガレキを除去して、嫁さんの実家の(離れにある)車庫が隣家の庭に崩れ落ちてしまったとの連絡を貰っていたので、現地に確認のため千倉町に向かいました。 仕事場の花売り場とハウスも全壊してしまったそう・・・マジか・・・。

とりあえず、千倉のほうに向かい、現場の下見。

トラックの右側に建っていた車庫でしたが、バラバラになり、隣家の壁と家屋の間に挟まっていました。

とりあえず撤去に際してどの程度の準備が必要か?の確認でしたので、このときは作業できませんでしたが、数日後にこちらはユニックを借りてきて、数人がかりで吊り上げながら解体しました。 この日も猛暑で暑い暑い!

すぐ近くにある花売り場の方も確認。 もはや全壊していました。
シャッターは無くなり、壁も屋根も無い状態。

花を栽培するハウスも皆潰れたり、ビニールが吹き飛んだりと使い物にならなくなってしまいました。

場所的に海の目の前なので、風がモロに吹き荒れたと思われます。 近所も屋根が破損したところが多数見受けられました。

裏側も、窓(ガラス)も壁もなくなっていました。

ハウスも駄目だねぇ・・・。

とりあえず、折角トラックで来たので、詰めるだけの金属ガラを積み込んで、知り合いのリサイクル回収工場に持ち込みました。
(市の集積所などは込んでいて周辺が渋滞していたので)

停電も続いており、仕事なども当然できない状態でしたので、とりあえず動けるトラックは数台あったので、解体/ガレキの回収には動けました。 この後、自宅近所で、同じように車庫とサンルームが崩壊してしまい、途方にくれていた知り合いがいたので、解体とガレキ回収のお手伝いに・・・と動いていました。
会社はひっくり返ったコンテナはまだ触れませんでしたが、お隣さんがレッカー屋さんで、ユニック車とラフター(クレーン車)を持っているので、後日吊り上げてあげるよと社長も快諾してくれ、一安心。 その社長も、市内や山間部での大きなガレキ除去のため、朝から夕方までずっと出っぱなしでした。 たしかに大型重機じゃないとどうにもならないガレキや倒木も多かったので、こういうときは心強いですね。
とりあえず、停電/通信網の遮断で情報も何も入ってこなかったので、それならば!ととりあえず簡易的にラジオを製作。
車屋さんあるあるですね。
その辺に転がっていた車用のオーディオとスピーカーを持ってきて、バッテリーを接続し、解体車からアンテナを抜き出し、即席ラジオを製作。 見た目は悪いけど、ラジオでの情報と無音だった状況に音楽が流れ出しました。 会社ではいつもラジオをかけっぱなしにしているので、音楽が流れるだけでもなぜかすこし日常が戻った気がしました。
でも、千葉県内の災害状況などの情報はぼやっておらず、高速が通行止めと、県内一帯で停電が発生している程度の情報でした。 コンビニやスーパー、ホームセンター、ドラッグストアなど自体も被災しており、営業できない状態でしたので、とりあえず食料などの確保が難しい状況。 ガソリンスタンドも同様でした。
幸い、自宅の水道は生きていたので、まずは一安心。 災害用の備蓄の水と食糧は多少はあったので、節約して食べればなんとか数日はしのげそう。 ガソリンも備蓄は少しだけど、在庫で持っている車がたくさんあるので、最悪はそれらから抜けばしばらく分はあるからこれも大丈夫(笑)

停電なので、夜は真っ暗。 市内全域が真っ暗でした。 一部自衛隊の基地と警察署/消防署/病院など緊急性が高い施設は電気の供給はありましたが、信号機も含めなーんにも明かりが無い状況。 しかも昼夜ともにとにかく暑い!
どうにも明かりが無くては家の中で身動きも取れません。
これまた幸いなことに、仕事で毎日使うLEDの作業灯が沢山あるので、とりあえず工場内にたくさんあるバッテリーから、即席のシガーソケットやUSB充電機を製作して、昼間のうちに全てチャージ! モバイルバッテリーもチャージして、個別でスマホなど充電できるようにこちらも準備。

実家と近隣に作業灯やモバイルバッテリーなどを貸し出して、とりあえずこれで凌いで!と。
ウチの分も3本ほど残したので、充電しながらローテーションで使用。 この充電設備(?)やラジオ設備(?)もそのままバッテリーごと自宅に持っていったので、自宅の庭先で、「ご自由にお使いください!」とスマホなどの充電用に開放。 近隣の方たちにも使っていただけました。 よかったよかった!
そんなこんなでバタバタしている3日目くらい?だったか?
突然の訪問者。 群馬から同業のマックさんが発電機3台と稼動用にガソリンを持ってきて登場!
「え?何で? どうした?急に?!」と戸惑っていると、
マックさん「必要だろうと思って、持ってきたよ! 使いなよ!」と一言。
男前過ぎるだろ~!(笑)
荷物を置いて、とんぼ帰りで群馬に戻ってゆきました。

※手前のシルビアのともさんは、台風前の準備、台風後の片付けなど、終始応援に来てくれました。 感謝!

わざわざ群馬からかたじけない・・・。 この状況で発電機は助かります・・・。(ToT)
電話やショートメール(パソコンは使えなかったので)でも多数の方たちからも、心配のご連絡をいただいておりましたが、バタバタしてちゃんと対応できずすみませんでした。 携帯が繋がらず、後日心配してたよというご連絡も多数いただきました。 皆様方ありがとうございます。
また、GTO乗りのへきるさんからも備蓄品やガソリンの差し入れが・・・。
わざわざ東京から駆けつけてくれました。 ありがとうございます。 ご心配おかけしました。
お水他etcをいただきましたが、ガソリンは当方は間に合っているので、他に必要な方がいるのでそちらに分けてくださいと 辞退しました。 この後、同じく館山/富津など数箇所回って支援品を置いて回ってくるとのことでした。 ありがとうございます。
感謝感謝です。
そんなこんなであっという間に2、3日など経ってしまい、片付けや応援で動き回る日々でした。
つづく。
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- 2019/11/02(土) 07:10:04|
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会社から自宅/実家までの道のり、および周辺の状況確認で少しだけまわってみました。
近所の量販店のシャッターがすべて破られ、吹き飛んでいました。 タイヤも崩れています。

近所の農家の納屋もつぶれていました。

以前住んでいた住居の隣の建物。 屋根が崩壊しています。

近所の神社前の小屋も崩壊。

これは後日撮影したものですが、バイパス上に巻き付いている建物の屋根(トタン)です。
このような5メートルから10メートルほどのロール状に巻かれた屋根材がバイパスの至る所にガレキとして転がっていました。
台風直後は木の板、垂木などの破片がそこらじゅうに落ちていました。

近所のコンビニの看板支柱にも屋根材が巻きついていました。 この柱の上の看板も鉄骨を残して看板自体は粉砕してなくなっていました。

コンビニ敷地内の看板もこのようにほぼ水平にグニャリと折れ曲がり。
地域一体の看板や標識は軒並みこのような状態へ変形していました。
停電の為、当然信号機も点きませんので、夜間も市内一面真っ暗で交差点内も真っ暗です。
皆、車は徐行して、譲り合って通過していました。

以下はネット上に上がっていた画像の引用です。 ツイッターやニュース、ブログ等で取り上げていただいたものの一部です。
近所のよく行く店舗や見慣れた建物、風景が一変していました。
まさに絶句です・・・。
会社のすぐ近くのバイパスです。 このようなはがれた屋根材、壁材がそこら中に散乱。

よく行くコンビニです。 風圧で?か窓が内側へ吹き飛ばされていました。
鋸南町のコンビニも被害が凄かったです。 すべての窓が無くなり、屋根も剥がされて飛んでいってしまいました。 中身も無かったです・・・。 凄まじかったです・・・・。

ここも、とてもよく行っていたドラlッグストアです。 店舗内をリニューアルしたばかりなのに、メチャメチャになってしまいました・・・。
店員さんも良い方だっただけに非常に残念。 復帰を待ち望んでいます。

北条海岸前の地元不動産屋さんです。 海岸通り沿いなだけに被害が大きかったようです。

後輩くんの勤めていたガソリンスタンド。 ニュースでもやっていました。
他にも別なスタンドでも、強風で給油機が数台へし折れてしまったところもあり、同じく屋根が落下したところも複数ありました。

基礎を残してまるごと吹き飛んだところもありました。 もう、これゴジラでも通った痕みたいになっています。

ビニールハウスは吹き飛び、変形し、ガラスハウス?はガラスが割れ、骨組みだけになっているところも多いです。


もう、こうなってしまうと全壊ですね・・・。


ごみ処理場や地域の集積所などは被災ごみであふれかえっていました。

特に海沿いは風が一段と強かったため、軒並み、屋根やガラス、壁などが破壊されている家屋が目立ちます。 地域によってはブルーシートだらけです。 家屋の破損した部位が飛んで、車を破壊し、ガラスが割れたり、キズ付いたり(または廃車になったり)で当方含め自動車関係業者に修理や引き上げ対応が集中しました。 ディーラーもパンク状態でした。

台風通過後も、雨や風が強い火が多く、折角張ったブルーシートが飛ばされ、またもとのとおりに・・・。
屋内は水浸しで、カビが生え全て使い物にならなくなってしまった家も非常に多く有ります。
シート張る→風で飛ばされる、そしてすぐに雨、またシート張る→雨も降り、湿気も多いので、すぐにカビだらけ。 そしてまた雨と強風。 そして次の台風・・・と永遠にエンドレスで屋根をやられてしまったお家は特に心がおれてしまったと思います。 知り合いにもいるだけに非常に歯がゆいです。 なんでこんな状況に・・・と。




画像は平地、海沿いの画像を載せていますが、山沿いも森林の倒壊で道路は通行止め、土砂崩れに電柱折れ・・・と山間部は山間部なりに被害も多かったです。 また山間部は井戸水をポンプで組み上げている地域も多く、停電によりポンプも作動できないため断水。 水も電気もないというさらに過酷な状況にも陥っていました。 そしてこのときの日中の気温が30度オーバー(34度くらいだったと記憶しています。 夜間も気温が下がらず、30度くらいありました。 )
千葉県内での電柱の倒壊本数が2000本以上あったとの聞いています。
君津市の送電線の鉄塔2基が倒壊したのも強く印象に残っています。
この鉄塔も耐風圧が40メートルの設計だったらしいですが、50メートル以上吹いた風で倒壊してしまったようです。
市原市でもゴルフ練習場の鉄塔が広範囲にわたって倒壊しましたね。
最初の台風15号被害からはすでに1ヶ月半以上経ちましたが、いまだ全然復旧が進んでいない地域もあります。
半ばあきらめてしまったのか、ブルーシートすらかけずに放置されている家屋もかなりの数見かけます・・・。
田舎という地域柄、大工さんや屋根屋さん、サッシ屋さん等数も限りがあれば、資材も調達がスムーズにできないようです。
元の生活に戻ることが可能になるには1年かかるのか?2年かかるのか?見通しが付かない方も多くいらっしゃいます。
来年も、今回のような台風や各種災害が起きない保障はどこにもありません。 どこの地域で起きてもおかしくはない状況だと思います。 今回これほどの自然災害を身を持って知ったのは始めての経験でしたが、気を引き締める機会にもなりました。
当方のできるのは被災した車を修理したり、車関係の各種お手伝いや作業をさせていただくことしかできませんが、少しでもはやく皆さんがもとの生活に戻れるよう、がんばってゆきたいと思います。
つづく。
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- 2019/11/01(金) 10:09:58|
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